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01_ 「農」に想う
私たちは、農業を商い事としてから、まだ1年程度の経験しかありません。
私個人としましても、2015年に家庭菜園程度に農業に携わり始めましたので、まだまだヒヨッコ、あるいは子坊主といった所でしょうか。。。
しかし、始まってからの日は浅くとも、この先は永劫に農業あるいは農耕について広く知見を深めていきたいと考えています。
今回は、私たちが農業をどのようなものとして捉えているのかを、少しだけお話しさせて頂ければと思います。
農業とは、「農」の「業(カルマ)」と書きまして、わかりやすくいうと、「農」に携わる心身の活動、という事になります。
つまるところ、「農」について、感じたり、考えたり、行動をおこす事を、農業と呼ぶ訳です。
では、「農」とは何なのか。
これを定義付けないことには、意思が何に向かっているのか説明できません。
農業を英訳すると、「Agri Culture」となります。
直訳すると、「Agri :土地(畑)」、「Culture:文化」なので、農業とは「土地の文化」ということになります。
ここで強調したいのは、農業とは文化であり、すなわち、文化にかかる人間活動のすべては、「農」につながっているという事なのです。
文化(Culture)の語源は、「Cultivate」すなわち「耕す」という意味が語源となっています。
つまり文化とは、地を耕して作物を育てる「生産活動」に原義を示すのであり、
この事を常に頭に置いておく必要があると言えます。
現在、「文化」というと、どのような事を思い浮かべるでしょうか。
あるいは、「文化人」と表現したときに、どのような人を思い浮かべるでしょうか。
おそらく、大多数の方が、芸術や美術、文学や、あるいは学術といった方面に見識の高い方々を想像するのではないでしょうか。
社会一般的に、「先生」と呼ばれる方々を、いわゆる「文化人」として表現しているのではないでしょうか。
しかし、本来の意味を重んじるのであれば、「文化人」とはつまり、地を耕して作物を育てる生産活動をしている方々に捧げる表現であるはずなのです。
すなわち、「農業従事者こそが文化人である」、と私は思うのです。
そして、「文化財」という見方をした時にも、とかく現代においては、”建物”や”器”、もしくはそれを成形する方々を、「文化財」と呼んでいる様に思います。
社会において、”高い価値を兼ね備えたもの”を称して、「文化財」という表現をするのであれば、なおのこと、有用植物にこそ「文化財」という表現をすべきではなかろうか、と思うのであります。
人間の営みは、人類史が始まった時から、有用植物によって支えられてきました。
一本の麦、一茎のイネは、農耕文化が始まった時からすでに、人間の生活において、高い価値をもった「文化財」だったのです。
それは、数千年、あるいは万年単位で連なった現代においても、その有用性ゆえに、最も価値の高い文化財と呼べると思います。
無論、それは、他の有用植物も同様と言えます。
つまり、「農」とは、
人類史が始まって以来の人間活動の根源にある「生産文化」であり、最大にして最高の価値を伴う「文化財」の事なのです。
その様な想いから、最も価値の高い文化財を生産する「農業」、あるいはその行為を示す「農耕」と言うものに対して、最大限の敬意を感じる事になったのが、私が「農」に携わる事になった経緯になります。
さて、
ここまで読んで頂いた方の中には、すでにお気づきの方がいらっしゃるかもしれません。
「あ、こいつヤベーな、、」と、、、
「あれ、、、コイツめんどくせーな。」と、、、
そう思った方も少なくないでしょう。
そうなんです。
私、面倒な人間なのです。
正確には、周りからすると、そのような人間の様なのです。
そんな面倒な男の綴りごととして、このコラムは続いていく所存ですので、
お気持ちの許す限りで、これからもお付き合い頂ければ幸いです。。。
敬具